2008年7月6日日曜日

札幌ピースウォーク 4人を逮捕

「チャレンジ・ザ・G8サミット ピースウォーク」が札幌市で行われた。
約2000~3000人が参加した。
北島教行ら参加者3人と小池昌浩の計4人を公務執行妨害容疑などで逮捕した。

減りつつある極左は環境団体と名称を変え、活動し、ネットカフェ難民、
ワーキングプアと呼ばれる層などの鬱屈した気持ちの受け皿になる新しい運動
を展開したいようだ。
野宿者支援団体を支援するようだ。
極左は嫌だが、現在のグローバリズムには問題があると思う。


G8サミット、デモ参加者が連行される瞬間


G8サミット、連行されるトラック運転手


Anti-G8 Demonstration in Sapporo 2008


---【早読み/先読み アメリカ新刊】「民主主義についてモイヤーズが語る」---
2008.7.6 09:19
http://sankei.jp.msn.com/world/america/080706/amr0807060921000-n1.htm

一握りの特権階級に牛耳られた「アメリカ民主主義」を人民の手に取り戻せ
Moyers On Democracy
「民主主義についてモイヤーズが語る」
By Bill Moyers
Doubleday

9・11がアメリカに与えた内的衝撃
 今アメリカの識者の間で、「Democratic Recession」という造語が使われ始めている。経済用語の「リセッション」(景気後退)の前に「民主主義の」という形容詞形をつけ、「民主主義の後退」とでも訳すべきか。日本の「ねじれ国会」などもこう呼ぶべきかどうか。あるいはこれは「民主主義の進歩」への一里塚と見るべきか。
 実はこの造語は、スタンフォード大学のラリー・ダイヤモンド教授が近著『The Spirit of Democracy:The Struggle to Build Free Societies Through the World』のなかで使ったもの。主としてアフリカ諸国やロシア、ベネズエラなどに台頭する「独裁政権」を指して民主主義政治が世界各地で崩壊しつつあることを指摘した際に出てくる。
 ところが、長年、米リベラル派の旗手として米メディア界に君臨してきたビル・モイヤーズにしてみれば、今「民主主義の後退」が着実に進んでいるのは、アメリカ合衆国そのものではないのか、というのである。9・11以降アメリカ民主主義はどうなってしまったのか。2000年の大統領選挙では、本来なら選挙結果の集計次第ではゴアに負けていたかもしれないブッシュ。大企業からの潤沢な政治献金に支えられ、なんとか逃げ切ったブッシュ。政権発足と同時に権力の中枢に入り込んできたのは、ネオコンと称する新保守主義者たちだった。

 ブッシュは、2001年1月の就任演説で「正義と機会」がすべての米国民に与えられる国造りを誓い、「礼節、勇気。思いやり、品格」を信条とした政治を世界に約束した。が、発足1年目の2001年、米中枢同時テロを受けて安全保障政策では対テロ戦争遂行を優先議題に置き、「力の論理」を振りかざしたブッシュ政権は史上最高の支持率90%にまで跳ね上がった。米国本土が外国武装勢力によって攻撃を受けたのはまさに真珠湾奇襲以来、初めて。2億8000万人の愛国心は最高潮に達し、三軍の最高司令官ブッシュは、アフガニスタン侵攻、そしてイラク侵攻へと突き進むのを米議会もメディアもむしろ後押しするだけだった。とくにイラク侵攻に際しては、西欧をはじめとする同盟諸国の声には一切耳を貸そうとしなかった。
 そこにあったのは復讐心に燃えたアメリカの怒りだけだった。が、米国内にこうした「大義名分なき軍事行動」に異議を唱える「声なき声」がまったくなかったわけでない。そうした声が愛国心の名の下にかき消されたにすぎなかった。
 19世紀の初頭アメリカを訪れた若きフランス貴族、アレクシ・ド・トクヴィルは、その名著『アメリカにおける民主主義』の中でこう述べている。
 「多数派が握る絶対的権力は、アメリカの共和制にとっては極めて危険である。従ってその危険性を抑える手段は、権力自身が危険であろうが、歓迎すべきである」
 2002年のアメリカは、まさにその危険性を抑える手段を失っていた。ブッシュの8年の政策は、まさにブレーキが利かない幌馬車が急な坂を転げ落ちている状況と同じだった。それをモイヤーズは、「民主主義の後退」を余儀なくされている、とみているのだ。しかもその「民主主義の後退」の兆候は、9・11以前からあったと、モイヤーズは指摘する。
 「アメリカの政治は、ここ10数年の間にその奥深い根底からどこかがおかしくなっていた。民主主義の魂、つまり国民による、国民のための、国民による政治がリンカーンの描いた自治の精神を裏切る一握りの、誰の代表でもないエリートたちによってばらまかれたカネの渦に巻き込まれ、おぼれてしまったのだ」

■民主主義を守るという役割をほうり投げた米メディア
 『Moyers On Democracy』の著者、モイヤーズは、米公共放送PBSのテレビ番組「ビル・モイヤーズ・ジャーナル」のホストとして知られるジャーナリスト。ケネディ政権で創設された平和部隊の初代副長官、ジョンソン政権では大統領特別補佐官として「偉大なる社会」構想の実現に向けて活躍、その後大統領報道官を務めた。退官後はメディア界に転じてニューヨーク郊外紙『ニューズディ』を創刊した。その後PBSやCBSでコメンテーターとして活躍、1988年に宗教学者ジョセフ・キャンベルとのインタビューシリーズは大反響を呼んだ。モイヤーズはテレビ・ホストの傍ら全米各地で講演を続けているが、本書は放送での発言や講演内容からとくに現代アメリカ社会や政治を鋭く分析したものを選んだものだ。

モイヤーズは切々と説く。
 「アメリカ人はこれまでに何度か大きなショックを受けてきた。わたしの両親にとってそれは真珠湾奇襲だった。彼らはあの瞬間を絶対に忘れないだろう。その瞬間から彼らは変わってしまった。私の世代では、それはケネディ兄弟とキング牧師の暗殺であり、16番通りバプティスト教会爆破、アラバマの公民権運動に対する警察犬とホースによる放水…私たちの胸は張り裂けんばかりだった。その瞬間は死ぬまで忘れることはできない。そして今の世代にとって、決定的瞬間は2001年9月11日の、あのテロの瞬間は一生忘れることのできない出来事になっている。テロリストたちはそうなることを狙っていた。テロリストたちはなにもわれわれの土地とか、富とか記念碑とかビルや田畑をかすめ取ろうとしたわけではない。彼らはわれわれの不動産を狙ったのではない。彼らが本当に狙ったのはわれわれの頭脳や心理の中にある心の平和をぶちのめそうとしたのだ。われわれの心の中にある、この世界をいくらかなりともいい世界にして子孫に手渡そうとする哀れみと正義と愛を今一度信じようとする夢を粉々に打ち砕こうとしたのだ」

■メディア王に乗っ取られた保守メディアの台頭
 アメリカ人の心の奥底にあるある種の理想主義を打ち砕こうとしたテロリストの思惑は、確かに的中する。愛国心を旗印に保守系のケーブルテレビ局、フォックスニュースは星条旗を画面左上に常時掲げ、イラク戦争を正当化し、アブグレイブ刑務所での米軍兵士による捕虜の拷問を当然視する報道を連日繰り広げた。そして少しでも正論を述べようとするジャーナリストや学者を「監視リスト」におく米政府機関、公共放送協会(CPB)も出てくる。モイヤーズ自身がそのリストに上げられていた。
 伝聞だが、主要新聞社でもイラク戦争に批判的な記事は自己検閲されていた時期があるし、当時、ニューヨーク・タイムズのジュディ・ミラー記者以下、従軍し、あたかもイラクに核兵器があったかのようなちょうちん記事を書きなぐった。モイヤーズの「民主主義の後退」とは、こうした一握りの権力者の暴走を抑止せねばならないはずのメディア自身にもみられた。
 ルパート・マードック率いるニューズ・コーポレーション傘下のフォックスニュースだけではない。シンクレア・ブロードキャスティング・グループは、ワシントンでの対共和党ロビー活動のおかげでネットワークを拡大、現在ABC放送系62の系列局を傘下においている。ブッシュを100%支持する契約書に同意したタレントしか使わないとまで言われる親ブッシュ路線を突っ走っている。

モイヤーズはいう。
 「建国の祖たちは、報道メディアと政府とが団結して公的意見を言うことを忌み嫌った。だからこそ建国の祖たちは、その米国憲法修正第1項によって権力を持つ政治家と権力に責任を課すメディアの間に壁を作ったのである。それが、今日ではどうか。巨大メディア複合企業は、政府がメディアを検閲する際に自らがその役を買って出ているのではないか。ジャーナリズムにとって最高の瞬間とは、ジャーナリズムが政府と利害を共有しているときではなく、権力を恐れることなく、独自の立場を保っているときである。自由な報道とは、自由社会にすべてを託していることを意味するのである」
 9・11の後遺症でメディアの本来の目的をすっかり忘れていた米ジャーナリズム。終始一貫してそのことに警鐘を鳴らしてきたリベラル派モイヤーズ。果たしてこの「正論」にアメリカ一般市民が耳を傾けるのかどうか。前回ご紹介した保守派の論客、ロバート・ケイガンとは、好対照を見せるモイヤーズの主張。民主党オバマと共和党マケインとの政治論争の根底を流れる政治哲学を知る上では双方合わせ読むのも面白いかもしれない。
(高濱 賛)


---【衝撃事件の核心】「過激派」に高齢化の波…“顔”替えて暗躍の活動家も サミット前に警察当局警戒---
2008.7.6 07:59
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080706/crm0807060800002-n1.htm

 7日に開幕する北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)に、反対姿勢を鮮明にしている極左暴力集団(過激派)。昭和32年の誕生以来、街頭武装闘争や爆弾闘争、内ゲバなどを繰り返した過激派も、組織は高齢化し、若年層を獲得できないところは縮小傾向にある。だが、活動家らは「過激」とは別の“顔”を掲げることで、新たな活動を展開していることも確認されており、警察当局はなおも警戒を強めている。

反体制運動の高まり受け 分裂繰り返しながら増殖した過激派
 過激派は、労働組合などへの浸透を重視してきた「革マル派」(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)と、武装闘争を展開した「中核派」(革命的共産主義者同盟全国委員会)、「革労協」(革命的労働者協会)が3大セクト。
 「当時は本気で参加すれば世の中を変えられるという雰囲気があった」
 都内の私立大学生で中核派活動家だった男性(59)はそう振り返る。
 昭和34~35年の“60年安保闘争”には延べ約464万人が参加。ベトナム戦争や学園紛争により反米、反体制ムードが国内でも高まった。その流れが、成田闘争や“70年安保闘争”につながった。
 「昭和30~40年代、闘争課題はいくらでもあった」(男性)。街や大学構内には角材を持ちヘルメットにマスク姿の学生があふれていた。
 44年には共産主義者同盟(ブント=共産同)が分裂し、最過激派の「赤軍派」が誕生する。「日本革命の達成の手段として、海外に国際根拠地を建設し、活動家を送り込んで軍事訓練を受けさせる。再び日本に上陸して武装蜂起を決行する」。この方針に基づいた赤軍派のメンバーは45年、日航機「よど号」を乗っ取り北朝鮮に渡った。
 49~50年には、反日思想を持った「東アジア反日武装戦線」による連続企業爆破が起きるなど過激な事件が続いた。

 警察当局は極左集団を「社会主義、共産主義革命を目指し暴力的な闘争を展開する集団」と定義。32年1月、元日本共産党員らによって結成された「日本トロツキスト連盟」が源流とされる。
 現在も主要セクトとして運動を展開する革マル派と中核派は38年2月、日本トロツキスト連盟の流れをくむ「革共同全国委員会」から分裂し誕生。革労協は44年10月、日本社会党の青年組織である「社会主義青年同盟」を母体として結成され、平成11年5月に明治大学で発生した傷害事件の対応などをめぐり主流派と反主流派に分裂した。

活動家は軒並み減少 内ゲバも一因
 ところが、全盛を極めた過激派も、今はその勢いはない。
 「団結、勝利! サミット粉砕!」
 東京・渋谷のJR渋谷駅近くの繁華街で6月29日、サミット開催に反対する中核派系の抗議デモが行われた。1500人が参加するとの事前申請だったが、雨の影響もあったのか実際に集まったのは1000人足らず。警察当局によると、各セクトの活動家は軒並み減少傾向にある。最盛期の46年当時、中核派は8000人以上、革労協は5000人を擁していたが、現在はそれぞれ4000~5000人と700人程度だという。
 原因の一つは、対立する組織同士でメンバーを襲撃する「内ゲバ」。「その凄惨さに支持が得られず脱落者が増えた」(警察幹部)。極左は45年以降、「自派の革命理論こそが絶対で、他派は革命を妨げる」という「革命党唯一論」などを背景にして内ゲバを激化させた。これまでに100人以上の死者が出たとされる。
 また、「学生や若い労働者の社会への参画意識が薄くなった」(同)との指摘もある。冷戦構造はすでに崩壊。大学新入生に加入を促すオルグは低調で、組織の年齢構成は「40~50代が多く20代が少ない先細り状態」(同)だという。
 資金面にも影響は出ている。新規獲得ができず、運動に関心のある労働者も高齢化して退職が進んだことで、会費や賛同者からのカンパが集まりにくくなった。資金源の一つだった大学の自治会費も受け取れなくなっている。早稲田大学と革マル派のケースのように、平成7年ごろから、極左系の自治会やサークルが各大学当局から公認を外されるなどして締め出された。明治大学では年間自治会費約6500万円のうち約3000万円が革労協系の自治会などに流れていたというから、打撃は大きい。

武装闘争から労働・大衆運動にシフト 環境問題への取り組みも
 近年、極左の中には社会の理解を得られない武装闘争から労働・大衆運動にシフトする動きがある。「セクト色を薄め、組織の維持、拡大を図るためだ」(同)。
 中核派は40年代には学園紛争や安保闘争を、50年代後半からは対権力に重点を移しテロ、ゲリラを実行。特に即位の礼、大嘗祭(だいじょうさい)があった平成2年は124件ものテロ、ゲリラを行った。しかし、3年の「5月テーゼ」を機に路線を変更。「4大産別」(自治体、郵政、教育、JR)の労組への働きかけを強め、「改憲阻止」や「日の丸・君が代不起立」などを闘争課題に据え、過激な活動はなりを潜めている。
 かつては学園紛争の中心的な存在だったブントも分裂を繰り返し、組織はどんどん縮小していった。最後に残ったメンバーらは今年1月、組織名を「アクティオ・ネットワーク」に変更し、環境問題などへの取り組みを見せている。
 既存の過激派の枠にとらわれない小人数の「黒ヘルグループ」は海外の野宿者支援団体と連携するなど反グローバリズム勢力とのかかわりを強めている。
 元ブント活動家の男性は「格差社会が進む中、いわゆるネットカフェ難民、ワーキングプアと呼ばれる層などの鬱屈(うっくつ)した気持ちの受け皿になる新しい運動が必要だ」と語る。

■唯一勢力伸ばす革マル派 警察当局の警戒続く
 こうした中、革マル派だけは勢力を拡大している。
 47年に4700人だった活動家は現在、最大規模の約5300人に。革マル派は故黒田寛一前議長を中心に理論学習を重視。当初から労組への浸透などで組織拡大を図ってきた。神戸市の連続児童殺傷事件で逮捕された少年の供述調書を病院に侵入して盗んだり、早稲田大学法学部教授宅の電話を盗聴したとして逮捕者を出すなど、豊富な資金を背景に非公然、非合法活動を続けてきた。
 警察当局は「極左は外見が変わり脅威が見えにくくなっているが、革命を起こそうとする本質は変わらない」と警戒を強めている。


---北海道洞爺湖サミット:デモで4人を逮捕 抗議、2000人規模--札幌---
毎日新聞 2008年7月6日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080706ddm041040092000c.html

 北海道洞爺湖サミット(7~9日)を控えた5日、反グローバリズムや貧困の解消を訴える国内外の非政府組織(NGO)や市民グループのデモ行進「チャレンジ・ザ・G8サミット ピースウォーク」が札幌市で行われた。今回のサミットに合わせて予定されているデモでは最大規模となる約2000~3000人が参加した。
 北海道警北海道洞爺湖サミット総合警備本部は、デモの隊列を乱した東京都板橋区大山東町、職業不詳、北島教行容疑者(42)ら参加者3人と、取材していた東京都豊島区池袋本町4、ロイター通信カメラマン、小池昌浩容疑者(48)の計4人を公務執行妨害容疑などで逮捕した。
 デモは午後3時ごろ始まり、参加者は旗を掲げたり、「ノーモアG8」などと叫びながらススキノ地区などの中心街を約2キロ歩いた。【横田愛、大谷津統一】


---サミットでデモ行進 ロイター記者ら4人逮捕---
2008.7.5 22:05
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080705/crm0807052231027-n1.htm

 主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)開幕を直前に控えた5日、札幌市で国内外の非政府組織(NGO)などが集まり、平和や格差是正などを訴える集会とデモ行進が行われた。参加者は約5000人(主催者発表)。デモ中に警察官との間で小競り合いが起き、4人が公務執行妨害などの現行犯で逮捕された。うち1人は取材中のロイター通信の日本人男性カメラマン(48)だった。
 デモは午後3時に大通公園をスタートし、繁華街すすきのを経由して中島公園までの約2キロを、「反貧困」「自由を奪うな」などと書かれた旗を掲げて行進。一部には「反グローバリズム」を掲げ、顔を黒いスカーフやフードで覆った黒装束の外国人もいた。
 途中、警察官の指示に従わなかったとして、車を運転していた男が、窓を警棒でたたき割られて拘束。現場は一時騒然となった。
 デモ行進の実行委員会のメンバー、越田清和さんは「逮捕者が出たことは残念だが、主要国だけで決めるなという世界の市民の声を届けることができた。昨年のドイツのサミットのように参加者が投石するなどの暴力行為はなく、集会自体は成功だった」と語った。
 サミット会場のザ・ウィンザーホテル洞爺に隣接する豊浦町と壮瞥町ではサミットに反対する団体が9日までキャンプを行う予定。昨年、ドイツ・ハイリゲンダム・サミットでは一部の反グローバリズム勢力が暴徒化したことから、警察は警戒を強めている。


---首脳会談中、空自戦闘機がサミット会場上空を警戒---
2008年7月5日14時32分 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080625-3057808/news/20080705-OYT1T00449.htm

 防衛省・自衛隊は、7日から始まる北海道洞爺湖サミットの首脳会談の時間帯に合わせ、F15戦闘機が会場上空を旋回しながら警戒にあたる「コンバット・エア・パトロール(CAP)」を実施することを決めた。
 不審な航空機に上空の飛行制限区域を突破された場合、三沢、千歳両基地からの緊急発進(スクランブル)では対応できない恐れがあるからだ。演習以外でCAPが行われるのは極めて異例で、空中警戒管制機(AWACS)や、イージス艦の高性能レーダーと合わせ、二重、三重の体制で「空」の警戒にあたる。
 サミット会場の「ザ・ウィンザーホテル洞爺」は標高625メートルのポロモイ山頂にあり、市街地から離れているという警備上の利点の一方、上空から目立ち航空機などから狙われやすいという難点がある。このため政府は開催期間中、上空の半径約46キロを航空法に基づく飛行制限区域に設定。今回のような広域の制限は国内初だ。
 自衛隊でも、テロリストに航空機を乗っ取られたことを想定し、この円内に不審な航空機や飛来物を入れないことを最優先に警戒態勢を策定。まず北海道全域から東北にかけての上空を広範囲に監視するため、航空自衛隊浜松基地などに配備されているAWACSとE2C早期警戒機を投入する。
 その内側の警戒にあたるのが、極めて高い航空監視能力を誇る海上自衛隊のイージス艦2隻と護衛艦約10隻。特に2隻のイージス艦のうち「こんごう」は昨年12月、米ハワイ沖で弾道ミサイルの迎撃訓練に成功しており、長距離弾道ミサイルの飛来に備える。
 さらに空自三沢、千歳の両基地ではスクランブル体制を拡充し、会場まで約60キロ地点の空自八雲分屯基地には、短距離弾道ミサイルに対応するパトリオット・ミサイル2(PAC2)を配備することにした。
 そして会場上空の最後の守りとなるのがCAP。F15戦闘機、F2支援戦闘機が2機ずつ上空を旋回しながら警戒にあたる。
 石破防衛相が「考えられるすべての方策を講じている」と語る今回のオペレーション。さながら「史上最大の作戦」で、司令塔となる防衛省(東京都新宿区)地下のオペレーションルームでも、通常より5割増の40~50人の隊員が、各駐屯地や部隊などと連絡を取り合うことになっている。

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