2010年4月18日日曜日

外国人参政

海外の外国人参政権経緯が報道された。
報道の観点は行政側(保守派)からばかり、移民の声は少ない。
結局、イスラム教徒の不信感をあおる。

外国人参政権は、植民地政策と移民政策に起因。
安全と富裕がもたらした先進国の人口減少が、外国人参政権に拍車を
かけたようだ。

純粋な国民と在日外国人の選挙での違いは明確でない。
・宗教、特有団体の指示で選挙に投票をしている場合もあるし、そうで
 ない場合もある。
・習慣(社会、商等)や道徳は、厳密には、地域毎に異なり、同一言語に
 よる会話と教育で調整される。
・言語は地域社会により変化する。

年代により、文化は異なる。
・古き良き時代
・時代の最先端

外国人参政反対は、政策の問題ではなく、根底にあるゼノフォビアかも
しれない。だからと言って進んで賛成するわけではない。

人口増加のために、欧州で進んで普及している非婚外児政策は、宗教的
理由から一夫一婦制の婚姻制度になったにもかかわらず、弥生時代に
戻りつつある。一部の原理主義は信者獲得のために、教義を緩和したの
だろうか。
養子縁組が進んだ米豪では、見ず知らずの男女が知り合い、濃い血統の
家族が誕生し、後に社会的に拒絶されている。
欧州でも10年も経過すれば、見ず知らずの男女が、濃い血統の家族とな
るだろう。愛を確かめるために、DNA検査するのか。
限られた地域社会で、この政策を進めれば、一時的に人口は増加するが、
民族が減少するように思う。優生学思想が横切る。
生物学的には、7親等以内、民法では、3親等以内はだめだったと思う。
現在は不明。

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---【外国人参政権 欧米の実相】(1)教師が学校閉鎖を求めた---
2010.4.10 07:55
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100410/erp1004100757000-n1.htm

 ドイツのベルリン州ノイケルン区。イスラム系移民の統合を促し統合政策の柱に教育を据える。憲法に相当するドイツ基本法への忠誠などだ。それでも統合のために移民に地方参政権を与えるには至っていない。
 「教育をまともに受けていないイスラム系移民の割合が多すぎる。教育を経てからでなければ、参政権の付与は認められない」
 そう語るのは、区の移民担当官、アールノト・メンゲルコッホ氏。区内ではかつて“事件”があった。
 2006年3月、同区にあるリュトリ校(中等教育)の教師全員から、連名でベルリン州教育相に手紙が届いた。「生徒はノートや鉛筆も持たず爆竹を鳴らし、教室のドアをけって入ってくる。学校は彼らにとって戦場であり、教育が成立する余地はない」。手紙は学校閉鎖を求めていた。
 1909年創立のリュトリ校は、大学進学率が高いギムナジウムとは異なる教育水準が低い基幹学校。反ナチスの活動拠点でもあったため、43年には閉鎖され、敗戦とともに再開された。そうした歴史をもつリュトリ校も、教師が生徒の暴力に耐えきれなくなり学校閉鎖を要求するという事態は、前代未聞だった。
 メンゲルコッホ氏は「女子生徒が手をナイフで突き刺されたり、髪の毛に火をつけられたり、学校の荒れ方は想像を絶していた」と振り返る。
 ノイケルン区生まれのハインツ・ブシュコフスキー区長は、故ヨハネス・ラウ前大統領のクリスチーナ夫人とリュトリ校や周辺を視察し、その荒廃ぶりに驚愕(きょうがく)した。“還暦”を迎えていた区長は「私の政治人生も残りわずか。リュトリを最高の学校に変えて、流れを逆転させよう」と決心し、ベルリン州政府に協力を仰いだ。
 同区は、東西ドイツを分断していたベルリンの壁に沿って旧西ドイツ地域の隅に位置していたことから、開発が遅れた。戦後復興の労働力不足を解消するために、旧西ドイツ政府が呼び寄せたトルコ系労働者やアラブ系外国人が流入し、現在、区に居住する外国人の国籍は165カ国に及ぶ。
 区の人口30万人のうち移民背景をもつ住民は4割。18歳未満ではその割合が8割に達する地域もある。こうした若者の多くは、ドイツ語と母国語が入り交じった特殊な言語しか話せない。教師は生徒の暴力を恐れ片時も携帯電話を手放せない。授業が成立するはずもなかった。

 植民地主義と移民政策の歴史をもつ欧州では、1970年代から定住外国人の参政権問題が活発に議論されてきた。その欧州ですら、各国の対応は国情を反映し異なり、なお議論を引きずっているところもある。多くの不法移民を抱える「移民国家」の米国は、欧州とはまた様相が異なる。欧米における外国人参政権の現状を報告し、日本での外国人地方参政権問題に一石を投じる。

■国揺るがす「一国二法」警戒
 東西ドイツ統一後、ベルリン州ノイケルン区にあるリュトリ校の実情を知る旧西ドイツ出身の教師は、富裕地区に異動した。その後釜に、何も知らない旧東ドイツ出身の教師が配置され、リュトリ校の3分の2を占めたことが事態をさらに悪化させた。
 共産主義独裁体制の旧東ドイツでは教育の荒廃など起こり得なかった。移民担当官アールノト・メンゲルコッホ氏は「リュトリ校の生徒が、教室で尊敬と権威を自ら築いたり、生徒が抱える問題や背景を理解したりする必要がなかった旧東ドイツ出身の教師の手に負えるわけはなかった」と語る。当時の校長は体調不良を理由に、学校から逃げ出した。
 ノイケルン区では、こうした「絶望」を「希望」に変えるプロジェクトが立ち上げられた。総額2千万ユーロ(約24億8千万円)が投入され、リュトリ校を中心とする4万5千平方メートルの区域は「リュトリ・キャンパス」に生まれ変わった。ギムナジウムや体育館だけでなく音楽学校、保育所、青少年施設、幼児保健相談所、生涯教育を施す国民学校の整備が進められた。
 プロジェクトの教育責任者には、トップレベルのギムナジウムの元校長が登用された。リュトリ校の生徒数は少し増えて500人。将来は1千人に増やす計画だ。総力を挙げた取り組みで、中等教育修了資格を取得できない生徒も27%から7%に減少した。
 だが、メンゲルコッホ氏は「教育は義務」「男女平等」と、ドイツ基本法の精神が5カ国語で書かれたポスターを指さし「ドイツには全員が守らなければならないルールがある。社会には共通の基盤が必要だ」と表情を引き締めた。

 ノイケルン区には、イスラム教の理念に基づく社会を実現しようとするイスラム主義が広がり、21のモスクのうち、12が連邦憲法擁護庁や警察の監視下に置かれた。過激思想を吹き込んでいたイマーム(指導者)3人が国外退去処分を受けた。シャリーア(イスラム法)では、不義を働いた女性は死の報いを受けるが、ドイツで報いを与えれば殺人だ。
 一つの国家に二つの法を認めれば、国家の基盤が揺らぐ。ドイツには、西欧文化になじまず独自の社会を築こうとするイスラム系移民への強い警戒心がある。
 同区では、彼らの統合を促すために、基本法への忠誠のほか、「女性や子供への暴力禁止」を教育し、学校では男女が一緒にプールで泳ぐ授業を行い、イスラム系の女子生徒にも例外を認めていない。
 2008年、区議会の要請を受け、区の移民審議会で地方参政権付与の是非が議論された。賛成11人、反対4人、2人が棄権した。
 ドイツ基本法は地方参政権は国民にしか認められないと定めている。だが、移民統合のためには地方参政権の付与が必要だと考える意見は、社会民主党(SPD)など左派に強い。
 定住外国人への地方参政権付与を主張する社民党所属のブシュコフスキー区長と、メンゲルコッホ氏はしかし、反対票を投じた。参政権を与えるほどまでに、彼らは育っていないというのである。
 「イスラム系移民はモスクのイマームの言う通りに投票する人が多いのでは、との疑念を抱かざるを得ない。基本的に地方参政権付与には賛成だが、少なくとも次世代まで時間をかけた方が良い」
 メンゲルコッホ氏はそう話した。(ベルリン 木村正人)

---【外国人参政権 欧米の実相】(2)「招かれざる客」めぐり二分---
2010.4.11 07:41
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100411/erp1004110741003-n1.htm

 「ベルリン市民の2割は経済的に不要だ。彼らはドイツの社会保障を受けているのに、子供にまともな教育を受けさせない。トルコ、アラブ系住民の大半はドイツ社会に適合する能力がない。ドイツ人より、知能指数が15%高い東欧のユダヤ人が増えてほしい」
 ベルリン州の前財務相でドイツ連邦銀行理事を務めるティロ・ザラツィン氏の雑誌インタビューが昨秋、大きな波紋を広げた。ベルリン警察当局は、氏の発言が、憎悪犯罪の誘発を禁じた法律に違反する可能性があるとの見方まで示した。
 氏は定住外国人への地方参政権付与を訴える社会民主党(SPD)に属し、党内では除名を求める声が高まった。トルコ系住民や左派も猛反発した。保守層や財界には逆に、氏の発言を擁護する声が多く結局、氏は連銀での役割を縮小されただけで、処分を免れた。
■ ■ ■
 旧西ドイツ政府は1960年代以降、トルコ、ギリシャなどから「ガストアルバイター」(出稼ぎ労働者)を大量に受け入れた。だが、いずれは祖国に帰るものだと決め込み、ドイツ語の習得など社会への統合を進める移民政策を怠ってきた。政府の思惑とは裏腹に外国人労働者は家族を呼び寄せ、現在ではドイツ人口8200万人の8%に当たる670万人が外国籍だ。それでもドイツが「移民国家」であることさえ認めようとしない雰囲気が、国内には強い。
 東西ドイツ統一で予算が逼迫(ひっぱく)し、失業手当や生活保護を受けながらドイツ社会に溶け込むことを拒否する「ガスト(客)」はいつしか、「招かれざる客」となった。彼らに参政権を与えるべきかどうか、政治は割れている。
 「旧西ドイツ政府は経済発展のため奨励金を出してまで移民を呼び寄せた。移民が増えるとドイツがドイツでなくなるという人もいるが、移民を必要とするなら政治的な権利も与えないといけない」と語るのは、90年連合・緑の党のクリスティアン・シュトレーベレ連邦議会議員だ。
 ドイツ基本法(憲法に相当)は、参政権は国政だけでなく地方も「国民」に限られると定めている。このため社民党や90年連合・緑の党、旧東ドイツ時代の支配政党の流れをくむ左派党が政権を担うベルリン、ラインラント・プファルツ、ブレーメンの3州が、定住外国人に地方参政権を付与する基本法改正案を連邦参議院に発議している。シュトレーベレ議員は、国政への参政権も定住外国人に付与すべきだとの考えだ。
 ドイツでは80年代、トルコ人が地方選の選挙権を求めて行政訴訟を起こした。「法改正により外国人に地方選の選挙権を与えても憲法に違反しない」との判決を受け、社民党が政権を担うシュレスウィヒ・ホルシュタインなど2州で外国人に地方参政権を与える法改正が行われた。
■ ■ ■
 しかし、保守系のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の連邦議会議員らが違憲訴訟を提起した。基本法は「州、郡および市町村において、国民は普通・直接・自由・平等・秘密の選挙に基づく議会をもたなければならない」と定めている。このため連邦憲法裁判所は90年、「国民」はドイツ国籍保有者であるとし、2州の法改正は違憲と判断した。
 地方参政権付与に反対しているCDU連邦議会議員団副団長のギュンター・クリングス議員は、警戒感を隠さない。
 「参政権は公民権の中でも最も重要な権利の一つだ。地方参政権は2級の参政権ではなく、国政参政権と同等に扱われなければならない。外国人の割合が多い地域でドイツ国籍を保有しない外国人の市長や区長が選ばれれば、ドイツとは別の社会が生まれる」
 メルケル首相率いる同盟など保守層には、イスラム主義への抜きがたい不信感が横たわる。同盟関係者の一人は「ドイツは一つの社会に複数の文化が対等な関係で共存する多文化主義を望まない。多文化主義は機能しない」と断言した。(ベルリン 木村正人)


---【外国人参政権 欧米の実相】(3)オランダ 広がる亀裂---
2010.4.13 08:51
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100414/erp1004140954006-n1.htm

 第二次大戦後、トルコやモロッコなど地中海沿岸諸国から出稼ぎ移民を受け入れたオランダでは、イスラム系移民とオランダ人社会の亀裂が広がっている。
 アフガニスタンへの派兵延長をめぐりバルケネンデ政権が崩壊し、6月9日に下院(150議席)の総選挙が行われる。その行方を占う3月3日の統一地方選では、イスラム移民排斥を訴えるヘルト・ウィルダース党首の極右政党、自由党が、干拓地にできた人工都市アルメレや主要都市ハーグで第一、二党に躍進した。総選挙では現在の9議席を24~27議席に伸ばし、次期政権樹立のカギを握りそうな勢いだ。
 「自由党が連立政権に加わる現実味が増してきたことに戦慄(せんりつ)を覚える。オランダ人と移民の間に溝が広がっている」と、アムステルダムでイスラム系移民支援活動を行うレーマー・バン・オード氏は表情を曇らせた。
 ウィルダース氏は「イスラムは民主主義と相いれない」として、イスラム系移民の帰国、モスクの建設禁止、定住外国人からの地方参政権剥奪(はくだつ)を政策に掲げる。2008年には反イスラム映画「フィトナ」をネット上で公開して世界中の非難を浴びた。そのウィルダース氏が攻撃の矛先を向けるのが、オランダ第2の都市ロッテルダムのアハメド・アブタレプ市長である。
 市長はモロッコ生まれのイスラム教徒。15歳のとき家族とオランダに移住した。昨年1月、政府が推薦した3候補から、ベアトリックス女王がアブタレプ氏を市長に任命。同国で「移民市長」が誕生するのは初めてとあり、あるコラムニストはオバマ米大統領にひっかけ「(オランダを流れる)マース川のオバマ」と祝福した。だが、ウィルダース氏は、市長がオランダとモロッコの二重国籍をもつことを非難している。
■ ■ ■
 ロッテルダムでは2020年までに人口60万の半数以上が、移民背景をもつ住民になると予測されている。モロッコ系の第2世代が街で頻繁にトラブルを起こすため、02年3月の市議会議員選では、移民排斥を唱えたピム・フォルトゥイン氏率いる地域政党「住みよいロッテルダム」が第一党に躍進した。
 氏は国政でも右派政党、フォルトゥイン党を結成したが、同年5月に動物愛護活動家に射殺された。04年11月には、氏を描いた映画を制作中だったテオ・バン・ゴッホ監督がモロッコ系青年に殺害された。「住みよいロッテルダム」のロナルド・ソレンセン現党首は「裸の王様と同じで、フォルトゥイン氏は誰もが思っていたが口に出せなかったことを言っただけだ」と振り返る。
 中学校の歴史の教師だったソレンセン氏が、ホロコースト(ナチスによるユダヤ人虐殺)を教室で教えているときのことだった。イスラム系生徒が突然、笑い出しホロコーストを否定した。氏はそのあとイスラム教の聖典コーランを読み、「これはファシズムと同じだと信じるようになった」という。アブタレプ市長を批判し、市長公選制の導入を求めてもいる。
■ ■ ■
 ロッテルダムでは1979年に、アムステルダムでも81年に、市議会の権限が区議会に一部移譲されたのに伴い、外国人に区議会議員選への参政権が認められた。そして85年には、5年以上の居住を条件に、外国人の地方参政権が全国的に認められる。移民背景をもつ地方議員は94年に73人だったが、2006年には302人に増加した。
 アブタレプ市長は「民主主義は統合ではなく多様性を保障するもので、すべての地域社会が声をもつことが重要だ」と語る。
 移民の投票傾向を調査しているアムステルダム大学のアンヤ・バン・ヒールサム研究員によると、移民の投票率は1990年代に低下していた。だが、移民排斥を唱える政党に反対するため2002~06年にかけて反転し、上昇した。移民は出身国が同じ候補者に投票する傾向が強く、政党別では移民に寛容な政策をとる中道左派の労働党に集中的に投票していた。
 同研究員は「移民がどの政党に投票するかは、オランダ人と同じように市場原理重視の政党か福祉重視なのか-が一番大きな判断材料になる。地方選では民族や宗教は争点にならない。イスラム政党も出現しているが、ほとんど機能していない」と語る。(ロッテルダム 木村正人)

---【外国人参政権 欧米の実相】(4)「明日に架ける橋」の皮肉---
2010.4.14 09:58
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100414/erp1004141004007-n1.htm

 デンマーク・コペンハーゲンとスウェーデン南部マルメ間の海峡を結ぶオーレスン・リンクの橋梁(きょうりょう)部分(全長7845メートル)は、2000年の開通時、往年の米人気デュオ、サイモン&ガーファンクルのヒット曲にたとえ「明日に架ける橋」と呼ばれた。
 スウェーデンにはデンマークに支配された歴史があり、過去の確執を乗り越えて未来を築こうという願いが込められたのだが、皮肉にも橋を渡ることでしか明日への希望をつなげないカップルが続々と誕生した。
 翌01年11月のデンマーク総選挙で、移民対策の強化を訴えた自由党が躍進し、保守党と少数中道右派連立政権を発足させた。極右のデンマーク国民党が閣外協力し、デンマーク人が外国人と結婚し同国に呼び寄せる場合、2人とも24歳以上にならないと申請できないというルールを導入した。イスラム系移民の増加を規制するのが目的だった。
■ ■ ■
 チュニジア出身のイスラム教徒カシム氏(23)=仮名=はイタリアでプロサッカー選手を目指し練習していたが、07年夏に足を故障。そんなときインターネットで知り合ったのがデンマーク人女性エレゴーさん(37)=同=だった。秋に2人はミラノで落ち合い愛をはぐくんだ。
 カシム氏の労働査証は期限切れとなり、母国に帰れば徴兵される。結婚してデンマークに住もうにも24歳ルールが障害になった。
 エレゴーさんは欧州連合(EU)の市民権を利用してスウェーデン南部に新居を構え、カシム氏と結婚。毎日、「明日に架ける橋」を渡ってコペンハーゲンの職場に通った。3カ月後、EU市民権を得たカシム氏はデンマークに移住した。人権団体の助言で法的な抜け道を利用したのだ。
 人権派弁護士ニールス・エリック氏によると、資金がないカップルはコペンハーゲンとマルメで別居し、橋を渡る近距離恋愛を強いられる。その数約1千組だという。
 デンマークでは1981年から3年以上の居住を条件に、すべての外国人に地方参政権を与えている。24歳ルールを提唱した国民党は「イスラム系移民は間違った政党に投票するので、参政権を与える必要はない」と地方参政権の剥奪(はくだつ)を叫ぶ。2005年にイスラム教預言者ムハンマドの風刺画を描いてイスラム世界の反発を招いた漫画家が今年1月、ソマリア系デンマーク人に襲撃されたのを機に、移民排斥の度をさらに強めたのだ。
 一方、5歳のとき両親とパキスタンから移住し、移民背景をもつデンマーク人として2001年の総選挙で初当選した社会人民党のカマル・クレシ国会議員(39)はため息をつく。
 「1980年代のデンマークは寛容だった。不倫などで家族の名誉を汚したとして、家族に殺される名誉殺人は過去10年で2件なのに、そればかりが強調される」
 人口550万のデンマークに住む非西欧移民は6%超の36万人。クレシ氏は「移民背景をもつ人口が3割の地域もある。今さら外国人の地方参政権を取り上げようという主張はばかげているし、逆に緊張を高めるだけだ」と指摘する。
■ ■ ■
 デンマークの政策を批判し“結婚難民”を受け入れているスウェーデンは、1975年に3年以上の居住を条件に外国人全員に地方参政権を与えた。移民の大半がフィンランドなど北欧出身で、参政権を付与してもそれほど大きな支障はなかったことも背景にある。
 ストックホルム大学政治学部のウルフ・モーケンスタム副学部長によると、外国人の投票率は当初、60%前後と高かったが、最近では34~39%に低下した。投票が地方自治に反映されているとの実感が薄まり、北欧以外からの移民の割合が増えたことが要因だ。
 同氏は「地域社会のために働き、地方税を納めているのだから、地方自治に政治参加するのは当たり前だ。福祉国家のスウェーデンに住む人は平等に扱われ、連帯が必要だという強い信念がある。移民による政党が出現するのではという懸念はあったが、“フィンランド党”はついに誕生しなかった」と語る。
 ただ、今年9月の総選挙では、移民排斥を唱えるスウェーデン民主党の得票率が、5%を超えて初議席を獲得する可能性が強まっている。(コペンハーゲン 木村正人)


---【外国人参政権 欧米の実相】(5)植民地の権利「帝国の残滓」---
2010.4.15 07:49
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100415/plc1004150754004-n1.htm

 「私の父は34年前、軍を掌握したサダム・フセイン(後にイラク大統領)の圧政から逃れるため、家族を連れて英国に亡命した。父は必死で働き英国籍を取得した。当選したら英国に少しでも恩返しをしたい」
 2月27、28の両日、英国南部ブライトンで開かれた最大野党・保守党の春期党大会。13年ぶりの政権奪取をうかがう総選挙(5月6日)を控えたこの大会で、登壇したナドヒム・ザハウィ氏は力強く演説した。イングランド中部の選挙区から出馬する。英国籍ではない。イラク出身のクルド人である。
 氏は1997年、総選挙に初めて立候補したものの落選。地方議員を12年間務め政治経験を積み、次の機会を待った。
 未曾有の金融危機で英国でも失業者が急増し、保守党は移民の規制を訴える。その一方で、パキスタン系移民2世の女性上院議員、サイーダ・ヴァルシ氏を影の内閣に登用したり、香港系の候補者を擁立したりと、多様性も打ち出す。43歳のデービッド・キャメロン党首になって、保守党が生まれ変わったことを強調する戦略である。
 英国では、歴史的に「英国人」と「外国人」の間に明確な一線を引き、外国人参政権を否定してきた。しかし実際には、ザハウィ氏のように英国籍を取得していなくても、英連邦に加盟する旧植民地53カ国やアイルランドの国民で、英国在住であれば、地方参政権だけでなく国政参政権も与えられている。こうした人々は「外国人」とはみなされていない。

 2001年の国勢調査では、01年の時点でロンドンの人口は710万人だった。このうち英国生まれは520万人以上で、外国生まれは190万人。その後5年間で英国生まれは506万人に減少し、外国生まれは逆に229万人近くにまで増えた。
 「もし英国に住んでいればという仮定の話だが、英連邦の20億人近い有権者が総選挙に投票できる。欧州連合(EU)市民にも国政参政権を広げた場合、有権者は25億人に近づく」
 英国の外国人参政権の特殊性をこう表現してみせたのは、00年から2期8年間、ロンドン市長を務め、国家における異なる文化の共同体を対等に扱う多文化主義を実践してきたケン・リビングストン氏(労働党)だ。
 産業革命を経て、七つの海を支配した大英帝国は世界に版図を広げ、英領土内で生まれた者には「英臣民資格」が与えられた。第一次大戦で女性労働者が進出し、1918年に21歳以上の男性と30歳以上の女性に普通選挙権が認められた際、植民地出身の英国在住者にも参政権が付与された。
 『外国人参政権問題の国際比較』(河原祐馬、植村和秀両氏編)によると、当時、人の移動は植民地から英国への流入より、植民地への流出の方がはるかに多かった。このため植民地の住民に参政権を与えても問題にならず、むしろ大英帝国の政治的統合の象徴としてとらえられた。
 第二次大戦後に大英帝国は解体し、入国・居住権は制限されたが、旧植民地の住民の参政権は「帝国の残滓(ざんし)」として残されたのだ。

 ピーター・ゴールドスミス前英法務長官(政府最高法律顧問)は2008年に、英連邦とアイルランド出身の英国在住者に付与されている国政参政権の取り消しを検討するよう政府に提言した。氏の主張は「国政参政権は国民の権利の中でも特筆すべきもので、英国籍保有者に限って認められるべきだ」というものであった。
 これに対し、移民に寛容なリビングストン氏は「ロンドンがニューヨークを追い越す国際金融センターになったのは、門戸を開放したからだ。外国からの資本と人の流入が経済を活性化させる。英国で働いて税金を納めているのなら、参政権を認めるのが当然だ」と反論する。
 労働党のデービッド・ミリバンド外相は3月23日、ロンドンの外国特派員協会で記者会見した際、「英連邦の市民で英国在住者には総選挙の選挙権が認められているので、ぜひ投票を」と笑顔で呼びかけた。ゴールドスミス氏の提言について質問してみたが、答えようとはしなかった。(ロンドン 木村正人)

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