2010年12月28日火曜日

外交文書公開 12/22

12月22日に外交文書が公開された。
・マクナマラ米国防長官の発言
・米国が沖縄返還時の核撤去証明を拒否
・初の琉球政府主席公選で保守系候補の西銘順治氏を当選させるために
 画策した日米のやりとり

日米繊維密約を含め、小説になったが、突然の登場で背景が不明だったが、
背景が少しみえた。
密約とは、双方の利益のための約束のようだ。

米トマホーク廃棄へ
核持込み黙認
核契約は紙切れ
沖縄密約開示命令
密約 今や有効ではない
外務省 30年ルール開始
核密約 日本の要請で再機密化
核密約に終止符をうちたい核密約関連文書公開


---外交文書:焼却痕跡や欠落「大変残念だ」…前原外相---
2010年12月24日 18時9分
http://mainichi.jp/select/today/news/20101225k0000m010018000c.html

 前原誠司外相は24日の記者会見で、外務省が22日に公開した沖縄返還交渉をめぐる外交記録文書ファイルの中に機密電報を焼却した痕跡を示すメモが見つかったり、文書が欠落していたことについて「過去の文書で欠落が生じていると聞き、大変残念だ」と述べた。
 外相はさらに「今後に生かしていきたい。外交文書の管理はしっかりとやられなければいけない」と話し、再発防止に努める考えを示した。
 問題のファイルは、沖縄返還に際して米国が自発的に支払うとなっていた米軍用地の原状回復補償費400万ドルを日本が肩代わりした密約をめぐるもの。3通の機密電報を焼却した痕跡を示すメモが見つかった。また、目次に「沖縄返還交渉機密漏洩(ろうえい)事件」と書かれ、同名を記した表紙はあるものの、文書本体が欠落していた。焼却された電報や欠落した文書の内容は不明。【西田進一郎】


---沖縄返還密約の文書焼却か 痕跡示すメモ発見---
2010年12月23日7時12分
http://www.asahi.com/politics/update/1223/TKY201012230002.html

 22日公開された外交文書から、沖縄返還で米国が払う土地原状回復費400万ドルを日本が肩代わりした密約に関連する文書を焼却した痕跡を示す手書きメモが見つかった。焼却された文書の内容は不明だが、関連文書を意図的に隠そうとした可能性もある。
 焼却を示すメモが入っていたファイルは「沖縄関係18 沖縄返還交渉 機密漏洩(ろうえい)事件(国会対策等)」。1971年6月の愛知揆一外相とマイヤー駐日米大使の会談録など、一連の沖縄返還協定の交渉過程を一覧表で示したメモの横に並んでいた。メモの上に「機密電報」とあり、「5―1」「5―2」「5―3」など八つの番号と、そのうち三つの隣に「焼却5/31」と書かれていた。5月31日は焼却した日付とも受け取れるが何年かは不明。焼却された文書の内容も不明だ。「沖縄関係18」のファイルは、毎日新聞の西山太吉記者(当時)が外務省事務官から入手した原状回復費をめぐる機密公電などが収められており、漏洩が発覚してから作られた。


---公開された外交文書の要旨---
2010.12.23 00:20
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101223/plc1012230021002-n1.htm

22日に公開された外交文書の要旨は次の通り。
■マクナマラ米国防長官の発言
・昭和42年11月2日付、外務省極秘文書。松岡政保琉球政府主席が三木武夫外相に語った内容
 外相より「聞くところによると、主席が以前マクナマラ国防長官に会った際、マクナマラ長官はかなりきついことを言ったそうだが、どういうことをいったのか」とただしたところ、主席は、マクナマラ長官は「日本は、米国の防衛力の翼の下で経済発展を遂げたにもかかわらず、防衛面での日本の米国に対する協力は薄い。韓国はベトナムに出兵しているのに、日本はしていない。また米国が沖縄から引き揚げたら、日本の防衛はどうなるのか。日本は憲法改正ができそうな情勢にないが、日本政府は防衛の準備があるのか」といった趣旨のことを言い、「そもそも沖縄占領に至る根本的原因は、日本が真珠湾攻撃したことにある」とまで言った旨、説明した。

■米国が沖縄返還時の核撤去証明を拒否
・46年11月15日付、福田赳夫外相から牛場信彦駐米大使にあてたジョンソン米国務次官との会談を記した極秘文書
 外相は13日、ジョンソン国務次官と会談した。外相より、日本側としては返還時に核は沖縄に存在しない旨を(ニクソン)大統領の宣言、または大統領から首相への書簡によって明らかにしたい。かかる宣言または書簡の時期は返還日でも差し支えないが、今次国会の審議の過程において、できうれば11月20日前に外相より国会に対し「返還日にはかかる宣言または書簡が発出される」旨を発言したく、従って、米側において、かかる措置の可能性を早急に検討してほしく、至急その見直しを回答してほしい旨、述べた。
 これに対し、ジョンソン次官は冒頭、往電の際と同様の説明を繰り返し、米側としては、かかる新たな措置は必要でないと考えているが、日本側において、強い希望があるということも分かったので、結果については約束はできないが、本国政府へ取り次ぎ、国務長官より外相に対する書簡ないし国務長官より日本政府に対する宣言の形にて、検討を依頼する旨、述べた(次官は早速ロジャーズ長官あて電報を打つ旨、述べた)。
・46年11月15日付、牛場駐米大使から本国への極秘公電。米側は、国務長官から外相への書簡の形で要望に応じる意向との報告
 (訪米中の日本外務省職員に)エリクソン日本部長は、核撤去に関し米側内部にて鋭意検討の結果、大統領をインヴオルヴ(巻き込む)せしめることは広範な波紋を及ぼすこととなり、好ましくないので、例えば、(ロジャーズ)国務長官より外相に対する書簡の形で日本側の要望に応ずることとしたく、できれば今明日中に、その旨在京大使館に訓令する所存なる旨、述べた趣である。
 エリクソン部長によれば、書簡発出の現実の時期は返還の直前となるが、日本側において右方針に関し、近く国会において言及することとなっても差し支えないようにするつもりのようである。
 他方、日本側が核撤去の確認チームを派遣するようなことには、米側として応じられないが、現地の米軍部隊は核撤去されたことが分かるような状況を見せる方策につき、何が可能か検討することとなるであろう旨、付言した趣である。

■初の琉球政府主席公選で保守系候補の西銘順治氏を当選させるために画策した日米のやりとり
・43年6月7日付、極秘文書
 外務省北米課員が在京米大使館書記官と非公式協議。日本側が「国政参加問題を日米協議で取り上げたい」と述べると、米側は「時期尚早」とした上で「国政参加の実現を11月の主席公選で西銘順治候補に有利に作用するよう、選挙戦の一つの武器に使いたい。そのため(1)日米両政府は表向き実現の困難さを指摘しつつ、極秘裏に実現で合意(2)西銘氏に国政参加の『西銘案』を発表させ、日米に提出させる(3)10月の日米協議委員会で国政参加に合意し、実現は西銘氏の力によるとの印象を与えるよう取り運ぶ必要がある」と述べた。
・43年7月13日付、東郷文彦アメリカ局長作成極秘文書
 12日夜、三木外相と打ち合わせた結果は次の通り。
 (1)米側の考えに異存なし
 (2)西銘氏が具体的な形で日米に提案するのは適当でなく、一般的に沖縄住民の希望実現のため働き掛ける方がいい
・43年7月25日付、東郷局長作成極秘文書
 25日、外相とジョンソン駐日米大使の打ち合わせは次の通り。
 外相「西銘氏のメリットにするためにも、一般的な形で日米両政府に強く要望させたい」
 大使「同様に考える。選挙に効果的な時期に(日米合意を)発表したい」
・43年7月17日付、外務省内極秘文書
 西銘氏が次の通り内話。
 アンガー高等弁務官に、国政参加の実現について本土自民党幹部と懇話すべしと示唆された。
 弁務官は今後のスケジュールに触れ(1)9月中旬ごろ「西銘案」を発表(2)米側は「実現はなかなか難しい」と発表(3)10月、日米両政府が「西銘案」の線で国政参加の実現に合意-と示唆。
・43年6月18日、下田武三駐米大使発特秘公電
 スナイダー米国務省日本部長らより聴取したところ、次の通り。
 主席公選は西銘第一で臨んでいるが、本土自民党の援助が手遅れになることが最も心配だ。党に対し、沖縄への選挙資金送金方法につき直接申し入れを行った。屋良朝苗氏に勝たれては困るが、万一そうなったら何とか共存していくほかない。


---外交文書291冊を公開 沖縄返還で日本負担「密約」明らかに 尖閣は「議論不要」---
2010.12.22 22:46
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101222/plc1012222248025-n1.htm

 外務省は22日、昭和47年の沖縄返還に関する日米交渉などの外交文書291冊を東京・麻布台の外交史料館で公開した。昭和46年当時、中国が沖縄・尖閣諸島の領有を主張したのに対し、中国と議論する必要すらないという当時の福田赳夫外相の姿勢が明らかになったほか、米側公文書でも指摘されていた沖縄返還に伴う約6500万ドルの日本側負担に関する「密約」の存在が裏付けられた。

中国を相手にせず
 中国や台湾は43年に国連アジア極東経済委員会が「(尖閣諸島)付近の海底は石油資源埋蔵の可能性が高い」と発表してから、唐突に同諸島の領有権を主張し始めた。しかも、46年夏の米中接近を受け、米議会では中国側の見解に同意する雰囲気があった。
 これに対する日本側の対応が、今回公開された同年11月2日付の福田氏から牛場信彦駐米大使にあてた極秘指定公電で浮き彫りになった。これによると、福田氏は、日本側が反論して領有権を主張すれば、尖閣諸島に領土問題が存在することを日本が認めることになると判断したようで、「中国側の主張に反論するが如(ごと)き行うのは、かえって日中双方を平等の立場におき、決して得策ではない」との見解を牛場氏に伝えた。また、「尖閣がわが国の領土であることはあまりにも明らかなところであり、交渉の対象となりえざるものである」としている。

 一方、46年6月の沖縄返還交渉で、米側が尖閣諸島について「日本領土であるとの見解に変更はない」として返還方針を示しながらも、返還対象として協定や合意議事録に明記することに難色を示していたことも分かった。当時、米中和解に動いていたニクソン政権が中国や台湾との関係をこじらせたくないと考えていたためとみられる。

返還負担「密約」裏付け
 沖縄返還に関しては、日本政府が米軍基地の施設改善移転費名目で約6500万ドルを負担したことも明らかになった。日本側の負担は3億2千万ドルとすることで合意していたが、これ以外の負担を裏付ける文書が見つかった。日本側はこの「密約」を公表しないよう米側に求めていた。
 外務省北米1課の担当者から同省幹部にあてた46年10月22日付の極秘メモによると、在日米大使館員は米側に「65(6500万ドル)という数字が(日米)財務当局間の交渉で合意されていることは承知している」と指摘。さらに「320(3億2千万ドル)以外に米国に支払う義務はないと国会に説明している」として、米側に口外しないよう働きかけていた。

「A級戦犯」減刑要請
 日本政府が極東国際軍事裁判(東京裁判)で終身刑となった木戸幸一元内大臣ら「A級戦犯」10人の減刑について、関係国に働き掛けていた状況も判明した。
 43年1月23日付公電などによると、日本政府は10人の減刑について、米国を通じ英仏両国など関係7カ国に非公式に打診していたが、目立った進展はなかった。こうした中、「(マッカーサー)在京米国大使から藤山(愛一郎外務)大臣に対し、本件促進のため、わが方(日本政府)からも直接関係国にその内意を打診しては如何(いかん)との示唆もあった」という。
 これを受け、外務省の板垣修アジア局長は同22日、関係国の一つ、パキスタンのマリク駐日大使と会い、「いずれも既に11年9カ月以上服役し、服役中も善行を続けてきており、かつ老齢でもある」として、直ちに刑期を終えるか15年に減刑するよう「好意的配慮を得たい」と要請した。大使は「趣旨は十分了承した」と応じた。(肩書は当時)


---小笠原に核兵器貯蔵できず…不満の米国、沖縄密約を要求---
2010年12月22日17時13分
http://www.asahi.com/politics/update/1222/TKY201012220111.html

 1968年の小笠原諸島返還の際、米側が有事の際に同諸島に米軍の核兵器を貯蔵する方針だったことが22日、外務省が公開した外交文書で裏付けられた。当時この方針を日本側に口頭で伝え、明文化しなかった経緯への反省が、69年の沖縄返還交渉で米側が核密約を強く求める原因となっていた。
 小笠原返還時の経緯は米国で開示された文書で既に明らかになっていたが、今回、日本側の公文書で、沖縄返還交渉に大きな影を落としていたことが明らかになった。
 69年6月5日の日米外相会談の記録によると、同席していたジョンソン国務次官が小笠原での「緊急事態における核に関する特別の取り決め」の存在を指摘。8月5日には、スナイダー駐日公使が日本側に「小笠原のケースは軍は極めて不満である。有事持ち込みについて更に考えられないか」として、沖縄への核持ち込みの確約を迫った。
 米側文書によると、68年3月の小笠原返還をめぐる協議で駐日大使が三木武夫外相に「核兵器の貯蔵が必要とされる有事の際、米国はこのことを日本政府に提起したい」と述べた。三木氏は「協議に応じるとしか言えない」と返事をするにとどめ、文書は交わさなかった。(山口博敬)


---外交文書公開:初の琉球主席選、日米が裏工作展開 保守系候補当選目指し---
毎日新聞 2010年12月22日 東京夕刊
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20101222dde007010014000c.html

 沖縄返還前の68年11月に行われた初の琉球政府行政主席公選で、日米両政府が米軍基地存続を容認する保守系候補を当選させるため、沖縄県民の悲願だった国政選挙への参加を同候補の実績として選挙戦に利用しようと画策していたことが22日公開の外交文書で分かった。保守系候補に有利になるよう選挙資金のてこ入れを促したことも判明、裏工作で選挙に介入した構図が浮き彫りになった。
 公選は、沖縄自民党総裁の西銘(にしめ)順治氏と、無条件の即時返還などを訴えた革新系の屋良朝苗(やらちょうびょう)氏との接戦が予想されていた。
 外務省北米局作成の極秘文書などによると、日本側は68年5月14日の協議で、「選挙前に実現すれば西銘候補が勝てる」として国政参加の実現などを提案。米国側は6月7日、国政参加の実現について「選挙戦の一つの武器として使用したい」と同意したうえで、「表向きにはいかに困難かを指摘しつつ、実現時にはそれが西銘氏の力によるところが大なるがごとき印象を与えるよう取り運ぶ」「(選挙直前の)10月ごろ、日本政府より『西銘案』を基礎にした国政参加実現の提案を行い、米側が同意する」などのシナリオを提案した。
 三木武夫外相は7月25日、ジョンソン駐日大使と「選挙に効果的な時期に発表する」などと打ち合わせを行った。日米両政府は10月9日、沖縄から衆院に5人、参院に2人の計7人が国会審議に参加することで合意した。
 また、68年6月18日付の下田武三駐米大使の公電によると、米国務省のスナイダー日本部長らが外務省幹部に「本土自民党の援助が手遅れになることを最も心配し、沖縄への選挙資金送金方法改善について申し入れを行った」と、自民党に金銭的支援を促していた。
 日米両政府の裏工作にもかかわらず、公選では、屋良氏が約2万8000票差で当選した。【吉永康朗】


---外交文書公開:機密電報焼却の痕跡 筑波大の波多野澄雄教授の話---
毎日新聞 2010年12月22日 東京夕刊
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20101222dde001010017000c.html

 ◇「交渉経過保存」意識薄い--「密約」をめぐる外務省有識者委員会の座長代理を務めた筑波大の波多野澄雄教授(日本政治外交史)の話
 焼却されたのが機密電報の原本かコピーか分からないが、焼却の痕跡とも見える文書は初めて見た。外交交渉の経過を残すという意識が薄いと指摘せざるを得ない。公文書の作成、保存、管理、公開をサイクルとしてきちんと運用してほしい。


---日米繊維密約=外交文書---
2010/12/22-10:21
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010122200229

 沖縄返還で合意した1969年11月の佐藤栄作首相とニクソン米大統領による首脳会談の前に、首相の「密使」とされた若泉敬氏がキッシンジャー大統領補佐官との間で交わしたとされる密約。若泉氏の回顧録によると、全ての繊維製品について70年1月1日から5年間、日本が対米輸出を自主規制することで双方が合意した。
 両氏はこれとは別に、沖縄への返還後の核兵器再持ち込みについても密約を結び、米側はこれらを前提に沖縄返還に応じたとされる。

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