2012年8月8日水曜日

浜田幸一氏の訃報

浜田幸一さんが死亡した。
 自民党元衆院議員の浜田幸一氏が死去した、富津市大堀の自宅には同党
議員や元後援会関係者らが次々と弔問に訪れた。

浜田幸一さん
・千葉県富津市出身
・家業を手伝いながら学校に通い、青年団活動で政治に目覚め、旧富津
 町議、県議を経て、衆院議員に初当選。自民党議員として、東京湾沿岸
 部の埋め立て時の漁業権の調整や、東京湾アクアライン建設など房総
 半島の開発に深く関わった。
・担保として提供した株券を売却し融資元に2億円の損害を与えたとして、
 千葉県警が背任容疑で逮捕。初公判で無罪を訴えたが、弁護側は「認知
 症の進行」を理由に、訴訟能力に疑問があると主張し、公判が停止して
 いた。

自身の裁判で、車椅子に乗り、出廷した写真を見た。弁護士は認知症と
主張。裁判が停止したままだった。
最近は、つぶやきながら、庭を歩き、比較的元気だったとのこと。
TVタックルで、安保議論の時に出してもらえなかったと退席したのが、
動いた映像だったと思う。
ご冥福をお祈りいたします。

ハマコー 背任で逮捕


元自民党衆院議員の「ハマコー」こと浜田幸一氏死去 83歳(12/08/05)


総理「突然で大変驚いた」浜田幸一元衆院議員死去(12/08/06)


---「破天荒」「大衆目線」ハマコーさん懐かしむ声---
2012年8月6日07時11分  読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120806-OYT1T00031.htm

 自民党元衆院議員の浜田幸一氏(旧千葉3区)が死去した5日、富津市大堀の自宅には同党議員や元後援会関係者らが次々と弔問に訪れた。
 何かと物議を醸す言動が多かったが、人情味あふれる人柄で、県民からも「ハマコー」と親しまれた。
 自民党の松野博一県連会長(衆院議員)は、同日午後に自宅を訪問後、記者団に「大衆目線で物を見られる政治家だった。本当に残念だ」と言葉少なに語った。
 浜田氏の後援会メンバーだった小泉義弥・前袖ケ浦市長も弔問後、「いつも日本の将来について語る先生が印象に残っている。元気であれば、今の政治にもの申しただろう」と、生前の姿を懐かしんだ。
 野田首相は、訪問先の広島県福山市で記者団に「同郷の大先輩の政治家であり、突然の訃報で大変驚いている。心からお悔やみを申し上げたい」と述べた。
 浜田氏は1997年12月に開通した東京湾アクアライン建設に尽力するなど、県の発展に与えた影響も大きく、木更津市の水越勇雄市長は「地元の声を国政に反映され、県政や国政の発展に活躍された」との談話を発表した。
 一方で、閣僚を平手打ちする騒ぎを起こすなど、過激な言動も注目を浴びた。元秘書の石井準一自民党参院議員は「破天荒だが、自分に厳しく他人に優しい政治家だった」と語った。
 長男で衆院議員の靖一氏によると、浜田氏は最近まで家の中で歩き回るなど元気な姿を見せていたという。靖一氏は自宅前で記者団に「父は自由に自分のやりたいことをやり切って亡くなったと思う。穏やかな顔をしていた」と語った。


---浜田幸一さん死去:「県政界を指導」 地元・富津、関係者が次々弔問---
2012年08月06日
http://mainichi.jp/select/news/20120806mog00m040006000c.html

 衆院議員に通算7回当選し、県政にも長年、強い影響力を持った浜田幸一さんが5日朝、83歳で千葉県富津市大堀の自宅で亡くなった。歯に衣(きぬ)着せぬ言動などで「政界の暴れん坊」などと永田町で話題になる一方、地元に戻ると、母親を慕う自作の歌を熱唱し、支持者に親しまれた「ハマコー」の突然の訃報。自宅には、後援会や県政関係者があわただしく弔問に訪れていた。【斎川瞳、小林祥晃、荻野公一】
 同市出身の浜田さんは、家業を手伝いながら学校に通い、青年団活動で政治に目覚め、旧富津町議、県議を経て、69年に衆院議員に初当選。自民党議員として、東京湾沿岸部の埋め立て時の漁業権の調整や、東京湾アクアライン建設など房総半島の開発に深く関わった。
 その業績を支えた秘書や指導を受けた政治家が、今も県議や市長などとして県政界で幅広く活動しており、この日も、駆けつけた関係者が思い出を語り合っていた。
 衆院時代の秘書だった石井準一参院議員は「先月も電話で話し、『来年は選挙。油断するなよ』と言われたばかり。いろいろな見方があるが、常に正面から正論をぶつけ、党を作った重しのような存在」と死を惜しんだ。


---「一時代つくった」 続々と地元から悼む声---
2012.8.5 22:30
http://sankei.jp.msn.com/region/news/120805/chb12080522480005-n1.htm

 元自民党衆院議員の浜田幸一氏(83)の訃報が伝わった5日、千葉県内でも「ハマコー」の死を悼む声があがった。国会議員当時、数々の舌禍問題や乱闘事件などで物議を醸したが、東京湾アクアライン建設への尽力などを踏まえ「良い悪いの評価はあるが、一つの時代をつくった希有(けう)な政治家」などと惜しんだ。
 浜田氏の行動について地元の自民関係者は「(浜田氏から)離反する人もいた」として、必ずしも全面的な支持だったわけではないと振り返る。
 それでも田んぼで農作業中の有権者のそばまで革靴のまま近づいてあいさつしたり、ランニングに短パン姿で病院にいる有権者のもとを訪れたりした。「人情味があって市民感覚の分かる人だった」との声が示すように、こうしたキャラクターは基本的には受け入れられていた。
 多額の国家予算が投入されたアクアラインの完成後は、当初の予想より通行量が少なく赤字続きだったため、批判を浴びた。しかし、浜田氏は「あと100年したら、必ずこの事業の意義が分かるときがくる」と訴え続けた。赤字は消えたわけではないが、東日本大震災時、アクアラインは不通となった内陸ルートの代替道路として利用された。東京、神奈川方面から房総半島への観光の呼び水になっている。
 アクアラインが通る木更津市の水越勇雄市長は「(浜田氏は)地元の声を国政に反映した。それは今日の南房総をはじめ、千葉県の高いポテンシャルにつながっている」とコメントした。
 浜田氏について「利益誘導政治」との批判の声は多い。しかし、富津市選出の吉本充県議は「しっかりと有権者を見て意識して行動していた。いろいろな世代から愛されており、今後はなかなか現れないような得難い政治家」と悼んだ。


---<訃報>浜田幸一さん83歳=元衆院議員---
毎日新聞 8月5日(日)19時36分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120805-00000026-mai-soci

 「ハマコー」の愛称で知られ、「政界の暴れん坊」とも呼ばれた元衆院議員、浜田幸一(はまだ・こういち)さんが5日、急性心不全のため千葉県富津市内の自宅で死去した。83歳だった。葬儀は10日午前11時、同市西大和田1334の1の天昇閣富津ホール。後日お別れの会も開く。自宅は同市大堀2003。喪主は衆院議員で元防衛相の長男靖一(やすかず)さん。

【浜田幸一さん死去】これまでの活動を写真で振り返る
 同市出身。1955年に旧富津町議に初当選し、政界入り。県議を経て、69年から旧千葉3区選出の自民党衆院議員となり、防衛政務次官などを務めた。79年の衆院選敗北を巡る党内の派閥抗争(四十日抗争)では、反主流派のバリケードを撤去する姿が話題に。80年、米ラスベガスでの賭博と、その借金返済にロッキード社の政界などへの工作資金が流れた問題が指摘されると「政治的、道義的責任を取る」として議員辞職した。
 83年の衆院選で復帰したが、衆院予算委員長だった88年、宮本顕治共産党議長(当時)について「殺人者」などと委員会で発言し、委員長を引責辞任した。
 通算7回当選し、93年に靖一さんに地盤を譲って引退。その後は書籍出版や講演、バラエティー番組出演など幅広い活動を続けていたが、2010年8月、担保として提供した株券を売却し融資元に2億円の損害を与えたとして、千葉県警が背任容疑で逮捕。昨年7月の初公判で無罪を訴えたが、弁護側は「認知症の進行」を理由に、訴訟能力に疑問があると主張し、公判が停止していた。
 親族関係者によると、最近は自宅の庭を歩くなどし、比較的元気だったという。【斎川瞳、小林祥晃】

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