2013年2月28日木曜日

福島観測データ メルトダウン時期を証明か

東電福一原発事故で、ベント前に高線量を観測していた。
 東日本大震災による東京電力福島第1原発事故で、1号機格納容器の水蒸気
を外部に放出する「ベント」を始める約5時間前から、放射性物質が約10km
圏に拡散していたことがわかった。福島県の放射線モニタリングポストに
蓄積されていた観測データの解析で判明した。放射線量が通常の700倍超に
達していた地点もあり、避難前の住民が高線量にさらされていた実態が初め
て裏づけられた。

福島県
・モニタリングポスト25基設置。
 5基が津波で流され、20基は電源喪失でデータ送信不可。
・2012年9月下旬までに20基の蓄積データを回収し解析。
・HPに解析結果を掲載し、関係自治体に連絡。
・ベント前の放射性物質拡散について国会と政府の原発事故調査委員会も
 把握不可。

ベント
3月12日 10:17 開始
    14:30 4回目に成功

観測データ
平成23年3月の空間線量率測定結果高線量率(電離箱)
・平時の被曝許容線量は0.23uSv/h≒287.5nGy/h
・事故前は0.04-0.05uSv/h
・郡山地区(原発の北2.5km)
 3月12日 05:00  323nGy/h(報道0.48uSv/h)
      06:00 2916nGy/h(報道2.94uSv/h)
      09:00 10923nGy/h(報道 7.8uSv/h)
・山田地区(原発の西5.5km)
 3月12日 05:00  74nGy/h
      06:00  78nGy/h
      09:00  73nGy/h
      10:00 32472nGy/h(報道32.47uSv/h)
・上羽鳥地区
 3月12日 05:00  67nGy/h
      06:00  87nGy/h
      09:00 2868nGy/h
      10:00 7239nGy/h(報道6.90uSv/h)
・新山地区
 3月12日 05:00  76nGy/h
      06:00 734nGy/h
      09:00 3650nGy/h
      10:00 2730nGy/h
・幾世橋
 3月12日 05:00  66nGy/h
      06:00 140nGy/h
      09:00 464nGy/h
      10:00 3530nGy/h
・浪江
 3月12日 05:00  74nGy/h
      06:00 1480nGy/h
      09:00  74nGy/h
      10:00 3310nGy/h

国会事故調最終報告書
・3月11日夜  1号機がメルトダウン。
 3月12日未明 放射性物質が外部に漏出したと推定。

報道にはなかったが、平時の被曝許容線量を越える地域もあった。
モニタリングポストのデータから、3月12日の6時には、放射性物質が放出
されており、国会事故調最終報告書の推定を証明している。
ベントにより、メルトダウンの進行が遅延しかどうかは不明。

県民健康管理調査報告を含め、原発事故の影響を隠蔽しようとしてふしが
ある福島県行政らしく、各調査機関の報告が終了してからの発表。
東電福一原発事故による放射性物質の汚染は、公害と思う。

甲状腺被曝報告
東電原発公害病始まりか
高価なフクシマ・ネックレス
被爆小児甲状腺がん 1年目から発症例
反原発命の方の主張
原発ムラ 除染偽装と窃盗
国際会議「甲状腺被ばく分析」
福島 小児甲状腺がん二名確認


---「ベント」作業前に…福島原発の敷地外で高線量---
2013年2月22日12時09分  読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130222-OYT1T00573.htm

 2011年3月の東京電力福島第一原発事故で、1号機の原子炉格納容器の圧力を下げるために排気する「ベント」の前に、原発敷地外の複数の地点で、通常時を大幅に上回る放射線量を観測していたことが、福島県のデータ解析でわかった。
 解析は昨年9月までかかったため、政府や国会の事故調査委員会の最終報告書には反映されなかった。
 県が原発周辺に設置していた放射線測定器25基のうち、5基は津波で流され、20基は地震による電源喪失でデータ送信ができなかった。県は20基に蓄積されていたデータを回収して分析、昨年9月に公表していた。
 1号機のベント作業は3月12日午前10時17分から始まった。県のデータ解析によると、同日午前10時に同原発から西北西に4・1キロ・メートル離れた双葉町山田で、通常時の約700倍となる毎時約32・47マイクロ・シーベルトを観測。これは2時間浴び続けると胸部X線検査1回分に相当する量となる。北西5・6キロ・メートルの同町上羽鳥でも、午前10時に通常時の約130倍となる同約7・24マイクロ・シーベルトを観測していた。
 政府は12日早朝、避難指示を3キロ・メートル圏から10キロ・メートル圏に拡大したが、午前10時頃には住民の多くが避難を完了していなかった。


---福島第1原発:ベント前 放射性物質が10キロ圏に拡散---
毎日新聞 2013年02月22日 02時30分(最終更新 02月22日 02時35分)
http://mainichi.jp/select/news/20130222k0000m040136000c.html

 東日本大震災による東京電力福島第1原発事故で、11年3月12日に1号機格納容器の水蒸気を外部に放出する「ベント」を始める約5時間前から、放射性物質が約10キロ圏に拡散していたことがわかった。福島県の放射線モニタリングポストに蓄積されていた観測データの解析で判明した。放射線量が通常の700倍超に達していた地点もあり、避難前の住民が高線量にさらされていた実態が初めて裏づけられた。
 県が原発周辺に設置していたモニタリングポストは25基。5基が津波で流され、20基は地震による電源喪失でデータ送信できず、事故当時、住民の避難に活用することはできなかった。県は昨年9月下旬までに20基の蓄積データを回収し解析。県のホームページに解析結果を掲載し、関係自治体に連絡した。しかし、ベント前に放射性物質が拡散していたことは周知されておらず、国会と政府の原発事故調査委員会も把握していなかった。
 最初のベントは3月12日午前10時17分に試みられ、4回目の同日午後2時半ごろに「成功した」とされる。しかし、観測データによると、主に双葉町の▽郡山地区▽山田地区▽上羽鳥地区▽新山地区--の4地点でベント前に放射線量が上昇していた。震災前の線量は毎時0.04-0.05マイクロシーベルトだったが、原発の北2.5キロの郡山地区では3月12日午前5時に0.48マイクロシーベルト、同6時に2.94マイクロシーベルトと上昇。さらにベント開始約1時間前の同9時には7.8マイクロシーベルトになった。西5.5キロの山田地区ではベント直前の同10時に32.47マイクロシーベルトと通常の約720倍を記録した。
 国の平時の被ばく許容線量は毎時に換算すると0.23マイクロシーベルトで、各地で瞬間的に上回ったことになる。数値の変動は風向きの変化によるとみられる。国会事故調の最終報告書などによると、1号機では11日夜から12日未明にかけて、全電源喪失を原因として炉心溶融(メルトダウン)が発生。圧力容器などが損傷し、放射性物質が外部に漏出したと推定されている。


---福島第1原発:ベント前 放射性物質の拡散 データは放置---
毎日新聞 2013年02月22日 02時30分(最終更新 02月22日 02時42分)
http://mainichi.jp/select/news/20130222k0000m040137000c.html

 東京電力福島第1原発事故による放射性物質の拡散が、これまで考えられていたより早く11年3月12日早朝から始まっていたことが、福島県の観測データで裏付けられた。しかし、県がモニタリングポストの解析を終えたのは、政府や国会の事故調査委員会が最終報告書をまとめた後。現在進行している県民健康管理調査にも、このデータは反映されていない。被災者の健康に直結する「命のデータ」は事実上、放置されてきた。【神保圭作、栗田慎一】
 県によると、津波で流されなかったモニタリングポスト20基のデータ回収を始めたのは、東日本大震災から約1カ月後の11年4月。19基を同7月までに回収し、一部の解析に着手した。しかし、残る1基を回収し全解析を終えたのは、最初の回収から約1年5カ月後の昨年9月下旬だったという。
 この間、政府や国会の原発事故調査委員会が相次ぎ発足し、事故原因の究明にあたった。両委員会は昨年夏、最終報告書をまとめたが、県のデータの存在を把握しないまま解散したことになる。政府事故調の元メンバーで同県川俣町の古川道郎町長は「政府事故調で検証されなかった新事実だ。なぜ解析がこんなに遅れたのか。事故の検証は終わったとは言えない。継続的な検証態勢を整備すべきだ」と憤る。
 一方、このデータは11年6月に始まった県民健康管理調査にも活用されていない。この調査は、県民から震災当時の行動記録の提出を受け、被ばく線量を推計する。今回明らかになったデータは、事故初期の「実測値」にあたるが、当時の線量はこれまで、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)で予測した線量が使われてきた。県立医大は「県の解析データを使うか使わないかは、議論している最中だ」としている。
 県原子力安全対策課の担当者は毎日新聞の取材に「県内全域の放射線調査など他業務に忙殺され、結果的にデータ解析が後回しになった。大変申し訳なく、ただただ謝るしかない」と謝罪している。
 これに対し、国会事故調に県民代表として参加した同県大熊町民の蜂須賀礼子さんは「県民の健康を真っ先に考えたならば、急いで解析されるべき『命のデータ』のはずだ。福島県の対応は(原発被害を受けた)県民として恥ずかしい限りだ」と話した。


---東日本大震災:福島第1原発事故 放射性物質拡散、データ解析後回し 「他業務に忙殺され」--福島県---
毎日新聞 2013年02月22日 東京朝刊
http://mainichi.jp/feature/20110311/news/20130222ddm041040136000c.html

 東京電力福島第1原発事故による放射性物質の拡散が、これまで考えられていたより早く11年3月12日早朝から始まっていたことが、福島県の観測データで裏付けられた。しかし、県がモニタリングポストの解析を終えたのは、政府や国会の事故調査委員会が最終報告書をまとめた後。現在進行している県民健康管理調査にも、このデータは反映されていない。被災者の健康に直結する「命のデータ」は事実上、放置されてきた。【神保圭作、栗田慎一】
 県によると、津波で流されなかったモニタリングポスト20基のデータ回収を始めたのは、東日本大震災から約1カ月後の11年4月。19基を同7月までに回収し、一部の解析に着手した。しかし、残る1基を回収し全解析を終えたのは、最初の回収から約1年5カ月後の昨年9月下旬だったという。
 この間、政府や国会の原発事故調査委員会が相次ぎ発足し、事故原因の究明にあたった。両委員会は昨年夏、最終報告書をまとめたが、県のデータの存在を把握しないまま解散したことになる。政府事故調の元メンバーで同県川俣町の古川道郎町長は「政府事故調で検証されなかった新事実だ。なぜ解析がこんなに遅れたのか。事故の検証は終わったとは言えない。継続的な検証態勢を整備すべきだ」と憤る。

0 コメント: