2013年9月25日水曜日

伊勢神宮式年遷宮

天照大神と豊受大神が一時お引越しのようだ。
 20年に1度行われる伊勢神宮(三重県伊勢市)の第62回式年遷宮のクライ
マックス、内宮の遷御の儀と外宮、いずれも「浄闇(じょうあん)」と呼ば
れる神聖な夜の帳(とばり)の中で営まれる。神様を新しい社殿に遷(うつ)
して永遠の若々しさを保ち、国家の繁栄と国民の幸せを祈る遷宮。

伊勢神宮
伊勢神宮式年遷宮広報本部 公式ウェブサイト
・内宮 皇祖神で太陽の神である天照大神。
・外宮 衣食住の神・豊受大神
・内宮正殿 「唯一神明造」と呼ばれる国内最古の建築様式。
・第1回の式年遷宮は、持統天皇の時代にあたる690年。
・遷宮の制度 天武天皇とされる。

日本民族の総氏神と言われる女性(男性説あり)の天照大神。皇室の祖神。
古事記や日本書紀で名称は異なるが、登場する神様。

20年に一度の新築。
林業も宮大工、宮司等もある程度の経験を重ねることができ、引継が
れるものは多いと思う。
直接関係する氏子や氏子総代は、負担が多いか。
原則60年に一度の出雲大社の遷宮は一生に一度。
常若と蘇りの思想の違いのようだ。

天照大神を祭る神社は多い。

出雲大社本殿 一般公開



日本人なら知っておきたい 伊勢神宮式年遷宮①


日本人なら知っておきたい 伊勢神宮式年遷宮②


---伊勢神宮、式年遷宮 夜の静寂の中、ご神体を新正殿へ---
2013.9.21 12:54
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130921/trd13092113010007-n1.htm

 遷宮に関連する祭儀は、社殿の用材を切り出すため山の神に安全祈願する「山口祭」(平成17年)に始まり、8年がかりの大事業となっている。
 神職による祭儀だけでなく、地元の人たちも参加するのが遷宮の特徴でもある。
 18年に行われた御木曳(おきひき)行事では、ヒノキの大木を五十鈴川に浮かべて大勢で運び、今年7~9月の御白石持(おしらいしもち)行事では、地元の人たちが真新しい正殿(しょうでん)の前に玉石を丁寧に敷き並べた。
 10月2日の内宮の遷御に際しては、一般参拝は午後1時までで、それ以降は宇治橋の手前までしか入れない。午後6時、太鼓の音を合図に神職らが正殿へ向かい、大宮司らによって正殿の扉が開かれ、遷御の準備が行われる。
 「カケコー、カケコー、カケコー」。午後8時、神職による「鶏鳴(けいめい)三声」が響くと、いよいよ新正殿への遷御が始まる。神様は夜の静寂の中を渡るので、境内の明かりはすべて消され、わずかに行列を先導する松明(たいまつ)や提灯(ちょうちん)が照らすだけ。
 ご神体は、絹垣(きんがい)と呼ばれる絹の囲いに覆われて出御。太刀や弓などを掲げた神職らを先頭に、新正殿までの約300メートルを進む。その際、招待された参拝者は絹垣が前を通る際に小さく柏手(かしわで)を打つ。「暗闇で何も見えなくても、柏手の響きによってご神体が近づいてくるのが分かりました」。前回の遷宮に参列した地元の女性がそう語るほど、神秘的な雰囲気に包まれる。ご神体とともに装束や神宝も遷して終了する。


---伊勢神宮、式年遷宮 来月2日に遷御の儀 平安と繁栄の祈り---
2013.9.21 12:11
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130921/trd13092112230005-n1.htm

神秘の世界、参拝者1000万人迫る
 20年に1度行われる伊勢神宮(三重県伊勢市)の第62回式年遷宮のクライマックス、内宮(ないくう)の遷御の儀が10月2日、外宮では5日に、いずれも「浄闇(じょうあん)」と呼ばれる神聖な夜の帳(とばり)の中で営まれる。神様を新しい社殿に遷(うつ)して永遠の若々しさを保ち、国家の繁栄と国民の幸せを祈る遷宮。1300年以上前の飛鳥時代までさかのぼる歴史的祭儀とあって、参拝者数も今年は初の1千万人に迫る勢いで、関心はひときわ高い。

〈なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる〉
 平安時代末の僧、西行(さいぎょう)が、あまりの神々しさに感動して歌に詠むほど、伊勢神宮は深く信仰されてきた。内宮には、皇祖神で太陽の神である天照大神(あまてらすおおみかみ)、外宮には衣食住の神・豊受大神(とようけのおおみかみ)が祭られている。内宮の正殿は「唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)」と呼ばれる国内最古の建築様式。「神様のお社(やしろ)」を古代から受け継いでいる。
 第1回の式年遷宮は、持統天皇の時代にあたる690年。遷宮の制度を設けたのは、天皇中心の律令国家を目指した先帝の天武天皇とされる。寺川眞知夫・同志社女子大特任教授は「天照大神を皇祖神とすることで天皇の地位を絶対的なものにし、国造りの精神的支柱とした」と指摘する。

550億円の大事業
 伊勢神宮は内宮や外宮、別宮、摂社など計125社からなり、今回の遷宮で建て替えられるのは内宮と外宮の正殿や鳥居、別宮の社殿など計65棟。最初に遷御の儀を迎えるのが2日の内宮で、別宮などは平成26年度まで順次行われる。
 内宮や外宮などは、社殿の建て替えに備えて同じ広さの敷地が東西に用意され、今回は東から西の敷地へ遷される。
 経費は約550億円で、神宮の積立金や全国から寄せられる寄付でまかなわれる。建築用のヒノキは約1万本で、装束や神宝も約1600点を新調。神宝には金や銀なども使われ、伊勢神宮の事務をつかさどる神宮司庁は「資材の調達が困難なものもあり、経費がかかる」と説明する。
 一方、参拝者数は第60回の昭和48年が859万人だったが、平成22年には過去最高の883万人を記録。今年はすでに8月末で835万人を数え、1千万人を超える勢いだという。

20年に1度ごと
 式年は「定まった年」の意味だが、20年ごとに遷宮する理由は定かではない。平安時代の記録によると、天武天皇が「太神宮の御遷宮は20年に1度ごとに奉るべし」と指示したというが決定的な根拠ではない。そのなかで理由にあげられるのが技術の伝承。20年ごとに建て替えることで、建築や屋根の茅(かや)の葺(ふ)き方、神宝作りなど高度な匠(たくみ)の技が先輩から後輩へ忠実に受け継げるという。
 ただし「20年」が守られなかったこともあった。戦国時代には、第40回の寛正3(1462)年ののち、天正13(1585)年まで中断。応仁の乱(1467~77年)をきっかけに乱世となり、遷宮の費用や人手が確保できなくなった。
 太平洋戦争も遷宮に影を落とした。昭和4年の第58回は国力も豊かで壮大に行われたが、24年に行う予定だった遷宮は敗戦によって28年まで延期された。寺川氏は「歴史を顧みると、遷宮がとどこおりなく行われるのは、人々が平安に暮らしていることの証しともいえる」と話した。


---「常若」と「蘇り」 伊勢神宮と出雲大社の遷宮---
2013年4月11日10時2分
http://www.asahi.com/national/articles/OSK201304090149.html

 伊勢神宮(三重県伊勢市)と出雲大社(島根県出雲市)が、そろって遷宮を迎えます。伊勢神宮は20年に一度、出雲大社が原則として60年に一度ですから、同じ年の遷宮は1953(昭和28)年以来60年ぶりとなります。
まず伊勢神宮の式年遷宮を見てみましょう。
 伊勢神宮には天照大神(あまてらすおおみかみ)をまつる内宮(ないくう)と豊受大神(とようけのおおみかみ)をまつる外宮(げくう)を中心に125社があります。うち内宮と外宮のほか14の別宮を20年に一度、隣接する清浄な敷地にそっくり建て替えます。62回目となる今回の遷宮は8年前の5月から一連の行事が続けられており、予算は550億円規模です。
 社殿(お宮の建物)を建て替えるだけではありません。神の御装束(おんしょうぞく)や神宝(しんぽう)を奉納し、新しい社殿に神をうつす神事を行います。遷宮の最高潮の神事である「遷御(せんぎょ)の儀」は、内宮で10月2日、外宮では同5日に行われます。
 「常に生き生きとしたみずみずしさを尊ぶ『常若の思想』に基づきます」と伊勢神宮は説明しています。
 伊勢神宮によると、690(持統4)年に内宮で、2年後に外宮で初の遷宮が行われたと伝えられています。でも、その年を起点に20年を61回足しても2013年にならないのは、中世に戦乱で中断されたからです。戦後復興期だった60年前の59回式年遷宮も、敗戦の混乱で4年先延ばしされたいきさつがあります。
 出雲大社の修造遷宮はどうでしょうか。
 国宝の本殿で5年前から続く檜皮葺(ひわだぶき)屋根の葺(ふ)きかえなどの大改修は、ほぼ終わりました。本殿は1744(延享元)年に建てられ、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)をまつっています。工事中は仮の本殿にうつっている大国主大神を本殿に戻す「本殿遷座祭」は5月10日に行われます。
 その後も境内周辺の建物の改修は続き、すべての修造を終えるのは3年後。予算総額80億円に上ります。
 出雲大社によると、遷宮は江戸初期の1609(慶長14)年からは、ほぼ60年に一度行われています。出雲大社が「蘇(よみがえ)りの思想」と言うように、大改修で本殿を新たにしてきました。
 なお、伊勢神宮の遷御の儀、出雲大社の本殿遷座祭とも、参列できるのは関係者だけ。儀式中は境内地に立ち入りできません。(編集委員・森本俊司)

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